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写真と嘘

写真は嘘です

写真も映像も小説もそしてスポーツも、娯楽といわれるものは現実の痛みを和らげるためにある、いわば緩衝材のようなものだと思います
現実が車のドライブだとするなら、娯楽はエアバックのようなものじゃないでしょうか

僕らは不確かな現実という霧の中で生きていて、いつも不安な中にいます

本当は何も保証されてないし、お金や友人を失ったり、仕事が失くなる、あした癌になるかもしれない
自分が所属する会社や仲間、パートナーとすら実は確実につながっていない

全ては実は仮定しているだけで、この先に保証されてることなんて本当は何一つない、というのが現実だと思います
そういう不確かな中で、常に現実とだけ向き合って生活していると、行き詰まって自家中毒を起こしやすくなる

確実なものがない世の中で、むしろ現実よりフィクションの中に身を置く方が人間は心地がいい
フィクションという嘘の中に身を置くことで人は身が楽になる
それで芸術や芸能、スポーツといった娯楽が世の中に出てくる、、

だから誤解を恐れずにいうと、人は嘘をついていいと思う


そして写真や映像、小説などのフィクションからテーマを借りて話した方が受け取るとき逃げ道がある
このブログで扱われる題材はそこからテーマを借りて、いろいろと切り込んだ話をしています

でも実際、写真は嘘ですから本当のところはわからない
そもそも人間が真実なんて突き止められるんだろうか、という疑問もあります

多かれ少なかれ人は、現実をスクリプターのように、それぞれが自分の都合に合うような話に編集して記憶しているとおもいます
というのは現実に因果関係をつくって物語にしないと、人は過去を記憶に留められないから

そしてまた情報化社会では、情報の処理能力が重視されるので、実際に体験することよりも、
バーチャルな写真や映像が第一次資料に近い情報として大切にされます
だから我々は、写真や映像に載っているものが真実だと思い込まされるようになっていく

でも写真や映像はあくまで二次元にすぎません
たとえ娯楽でないにしても、現実に経験していることとは違う
なので、このブログで語られることは、写真や映像という仮想現実から私が感じたフィクションだとおもっています