心身一元論

 Thanks for visiting here. Written in Japanese language, I wrote about Japanese martial arts, where the mind and body are connected. Because most of Japanese traditionally believe in connection between mind and body even if they have no experience in martial arts. 

 

Few Japanese believe in mind-body dualism. I'm interested in that. After experiencing Martial Arts Aikido, I became a monist: the connection between mind and body.

 

So I also wrote about that religion and martial arts are close.

Because martial arts can only be understood through subjective experiences, it cannot be quantified or objectiveized.

 

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『心と身体』

合気道の世界に入った頃、

心と身体には関連性がある

というのを初めて実感した経験があります

 

白帯の当時、指導者の先生に指導を受けた時、

『君の打ち込みに邪心がある』

というアドバイスをいただきました

この言葉は自分には耳慣れなかったので、非常に印象深かったです

 

もちろん今でも身体をコントロールできてないので、そういうアドバイスをいただいています

 

心の影響

まず合気道には、技を行う時に手順があります

この時は正面打ち一ヶ条抑え(一)という技を行なっていました

一手目は相手への打ち込みで、二手目から相手への抑えに入っていきます。その段取りを考えながら動いていました

二手目からの抑えが頭にあるため、一手目の打ち込みの段階で身体の中心軸がズレます

だから相手に打ち込みが甘くなります

 

その時に先生から心の状態を指摘していただいたんですが、アメリカで生活をしていた時は、身体と心の内面をつなげた観点は経験したことはなかったんですね

心と身体は密接につながっている」という経験は自分にとって大きな衝撃でした

 

心身一元論について話そうとしています

 

 

 心身一元論と心身二元論

日本ではおそらく心身一元論ほぼ一色ですが、外国に行くと全ての人がそう考えているとは限りません。

アメリカに限らず、心と身体は別だという考え方の人も多く存在します。そしてキリスト教圏は日本に比べ心身二元論の考え方が強いです。自分は長い国外生活でその影響を少なからず受けていました

 

例えば、心身二元論の有名な人は、プラトン、そしてデカルトです

プラトンは「プラトニックラブ」という言葉があるように、心を肉体と切り離して考えます

 

デカルトもそうですよね

「我思うゆえに我あり」

この言葉は、「意識世界のみ」つまり頭だけで世界を捉えています

しかし合気道を体験するうちに、心身二元論は違うということを実感しはじめました

 

合気道によって完全に考え方が変わりました

身体と心は相互に関係しています

無意識も意識も身体に影響を与えてます

 逆もそうです

今ではそう思います

 

そして日本と米国との対立点はなんだろうか?を突き詰めていくと「心」をどう扱うかの違いに行きつきました

 

『アメリカと日本』

アメリカは唯物論の思想が強いですね

例えばハリウッドのホラー映画にはジェイソンとかフレディとかいうように

物理的外傷を与えてくるモンスターが現れます

わかりやすいですね

 

では日本の場合はどうでしょうか

「呪怨」や「リング」を観ると、外傷ではなく相手の心の内面から攻めていきます

つまり日本のホラーを観ると、唯物的な考え方ではありません

そしてどちらかと言えば、この国は唯心論に近いです

 

法律に対するスタンスも 同様です

たとえばアメリカや中国で犯罪を犯すと結果責任で罪が判断されますが、日本は動機が罪の重さに大きく関係してくる

 

とすれば、日本人は目に見えない「心」について実在感を持っている一方で、

多民族国家であるアメリカや中国は相手の内面に踏み込まない

 

いろんな文化の人が集まる大国です。こういう国では他人の内面はわからないと考える

だから動機に重心を置かない

 

ロシアも唯物論です

大国というのは多様性があり様々な宗教や文化の人が住んでいますから

相手の内面を推し量るのは難しい

だから社会が唯物論化し易いのかもしれません

 

しかしこれはどちらが正しいとかいうことを伝えようとしているわけではありません

唯物論も偏れば違和感を感じますが、唯心論も偏ると問題はあります

 それはいつか述べます

 

 

『唯物論』

アメリカの心理学では主流の考え方として

行動心理学が重視されています

 

「心理」というのは目に見えない

計量化も客観化もできない

「行動のみ」それは可能だと考えられている

そして初めて科学として扱えるということです

そのため「心」という実体のない主観的な動機を探るのではなく、統計的・経験的に人の行動の傾向を探り、動線を煮詰めていきます

プロファイリングはその一例ですね

 

映画を観ると日米の違いが浮き彫りになります。例をあげると、映画『羊たちの沈黙』に猟奇殺人犯が出てきます

観る人はこの人に共感はできないけど、ストーリーでは内面の行動論理を探り、この人の行動を予測していく

 

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論理的に対象を「理解」して、行動の「予測」ができればいい

多くのハリウッド映画を観ていると、そう受けとれます

だから観る側の共感や感覚的理解を徹底的に排除して、常に一定の距離感で話が進んでいきます

 

しかしこれが松本清張の小説なら犯人の生い立ちや心を探り、

受け手に主観的な説明、共感や感情的な理解を与えながら話を展開していきます

そのため日本人がハリウッドのサスペンスやホラーを観ると、かなりドライに感じるのではないでしょうか

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武道は『情報化』できない

 

合気道を経験するうちに、自分は「情報」というものに疑いを持ってきました

「情報」は計量化や客観化を必要とします

でも武道は「体験でしか理解できない」ので「情報」としては扱えない

「情報」ではないので「この体験は嘘とも真実とも言えない」

でも「そういう世界が存在している」ということは武道の未経験者にも伝わる

 

こういう点で武道と宗教は紙一重ですが、武道は体験によって検証できるので、

ギリギリのところで宗教ではありません

 

最近では本当に信じれるものは「情報」ではなく、自分の体験以外にはないと思っています

 


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