明鏡止水
Norman Maclean (1902-1990 )
Maclean Family
Father and Mother
Norman (left), and Paul (Right, 1906-1938)
著者は作品の中で、過去に自分の家族と
その間で起きていたことについて一定の距離を
保ちながら冷静に見つめている
そして
若い頃に
兄弟の間にあった理解しあえない溝は
歳を重ねると共に
川の流れのように洗い流されていき、
マクリーン家の幸も不幸も追憶として
ひとつに調和し溶け合って展開されていく
兄は
「自分はなぜ生まれてきたのか」
について
たびたび宗教を絡めて、自問自答をする
その問いの背景には弟のポールの死について
知りたい何かがあった
それは弟の直接的な死因ではなく、
「なぜ弟は死ぬ運命にあったのか?」
という気持ちがあったからのように聞こえる
そしてこれほど長い間語らなかった理由の
ひとつは、ノーマン自身が繊細な感性の人間で
両親や周囲の気持ちにとても敏感だったこと
いわゆる「模範的な良い人間」だった
また非常に悲しい事件だったため、
周囲の反応を恐れて
語ること自体を控えたのではないか?
けれども著者は過去の美しかった頃の回想やそ
の頃について穏やかに話したい気持ちがあった
そういう本心を隠して生きてきたが
晩年に入り、周りを気にしない環境になった
また、弟の死の理由について何かしら
答えが見えてきたのかもしれません
兄は自由で才能ある弟に愛情と憧れがあった
同時に、その弟の向こうみずな生き方が
いつか破滅を迎えることもわかっていた
“ 警察から連絡が来たとき、弟が亡くなった
知らせにも驚かなかったし、質問もしなかった”
ということを著者である兄は書き記しています
ここから想像力を拡げていきます
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単に弟だけの問題であったなら兄は人生を通し
弟の死について見つめ続ける必要はなかった
実は弟に関する問いは、兄ノーマンにとっても
共有するテーマであり、同時に自分の父親も
その問いに関連していたのではないか
つまり
マクリーン家にとって共通した「業」があった
そのためノーマンは弟の死について、常に自分
の人生にも「何か」引っかかりを感じていた
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ではその「何か」とは?
「ありのままの自分であること」
ではないか
人は「ありのままの自分」ではなく
「なりたい自分」を求めて生きている
「こうありたい、こうあらねば」
という理想の自分、つまり
「未来の自分」をいつも探している
だから、今ここに立っている「現在の自分」
というのが見えていない
Here in body, but not in spirit
マクリーン家の男はみんなこだわりを、
そして自分を捨てきれていない
Tension between who he wants to be and who he is
ポールは「あるべき自分」を保つために
亡くなるまで家族に助けを求めなかった
父は次男ポールの死の真相について
「父自身が解るポール・マクリーン像」
を長男ノーマンに語るように期待し
ノーマンは「良い人間」ゆえに
「世間に期待されるノーマン・マクリーン」
として振る舞い、人生を生きてきた
マクリーン家の男達は「あるべき理想」を
現実に押しつけ過ぎてきた
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虚心坦懐
ポールの死を通して
ノーマルが最も見つめていたことは
家族愛や兄弟の絆ではなく
こだわりを捨てること
そして
現在の自分を受け入れること
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A River Runs Through It
川という存在はそれを通り抜ける
そう伝えている気がします
川は過去から
あなたのいま居る場所( It )を通過し
そして未来へと流れ続ける
時を刻みながら
「今立っているところが本当のあなただ」と
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若い頃から老境に至っても、ノーマンはフライ
フィッシングを通じた自然の中で、「今」と
いう時間に「永遠の一瞬」を感じ続けています
そして作品の最後にこの物語は、
このような形で締め括られています
I am haunted by Waters
今もなお私は、水の世界にとり憑かれている
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